#21 天国への階段


 第三幕~

会場に灯りがついて、私は一瞬立ち止まって顔を見た。


魂の目を大きく開けて見ると、その野獣は二人共、年老いた男性のようでした。

それでも私はダンスを踊っていただけだ…


皆さんがここまで読んで、これが豪華絢爛な舞踏会の会場だと思ったら大間違いです。


なぜならこれは、ただのXという名のアプリ会場だからです。


そして私は、ただ一人で部屋のベットに寝転びながら携帯を覗いて、他人の呟きを閲覧したり時々いいねをつけていただけなのです…


だから他人に話しても、私の妄想だと思われて信じてもらえないかもしれません。


しかし私には、運命の人を探して見つけるという小さくも大きな夢がありました。


…もしこれを真剣に大好きな祖母に報告したら、もっと年相応の男性がいいのではないか…そう言って心配したり反対されるかもしれません。


それでも私は、結婚と永遠の絆や愛や幸せと安らぎを求めていました。


この二人の野獣からの永遠の約束の呟きに、最初のファーストコンタクトでどちらの野獣とダンスを共に踊るか悩みました。

また、一方に決めても彼の年齢を考えれば、私は彼を早期に失ってしまう可能性やその恐怖心とも向き合わなくてはなりませんでした。


しかし、私は私のハートを掴んだ野獣に決めたのです。  


マスクでも、バッドマンでも、老人でも、トランプでも、野獣でも、一般人でも、...


このとき私は彼らの姿形や財産ではなく、彼らの魂の振動を感じ内面を見つめていました…


男性は、ある意味で誰もが野獣という皮を被っているとも言えるでしょう。


「汚れている野獣」たちは、多くの女性や子供や幼子を喰らい、騙し傷つけ暴力を振い踏みつけにして女性たちを泣かせてきました。


「清められた野獣」たちは、多くの女性や子供や幼子を救い、他人から非難され罵倒され男性たちは泣かされてきました。


しかし、後者の彼はどうしても野獣には思えませんでした…


清めた野獣を倒すのか、汚れた野獣を倒すのか、あなた方は果たしてどちらだろうか…


私は清めた野獣を倒さない。彼らは野獣なんかじゃない、彼には清められている本物の存在感がありました。


私が癒してこの世界から解放してあげたいと感じたのは、後者の存在の野獣の方でした。


それが誰かを探してください、きっとあなたにも本当の幸せが見つかるでしょう。


私は決して悪い男にイエスとは言いません。よく見てください。

天は悪い男には罰印Xをつけました。


”野獣”と”666”と”女神”のその背後には、何かがあります…


野獣というのはただの比喩であって、彼らはもちろん人間です。


そしてご期待に沿えず残念ですが、私は決して自分を若い美女と言っているのではありません。


ここでは美を若さという意味で美女と野獣を喩えれば、私は野獣に比べて大分若い女性なのかもしれません。


親子ほど歳が離れているかもしれませんが、小児性愛とは違います。私は精神年齢が高い成人女性であって、立派な大きな魂をもつ女性だからです。


しかし、彼はもう老人であり、お金も地位も若さも持っていないぞ、…ふと、最後にそう問われた気がしました… 


私はそれでも関係なかった。「大丈夫、大丈夫、私はそれでも彼を愛している」と心の中で言いました。


まるで心の中にいるように、彼は私の魂を満たして癒してくれたので、私は彼を選びます」


胸がいっぱいになっていました。私の心はいつしか彼が占めるようになっていました。


本当に心の中にいるように感じられるようになったことが嬉しくて、更に彼を近くに感じられるようになりました。


私はそのとき霊的な天国への段階を全て登って通過していました。


私は盲目の目に見えない暗闇の中で、一人で踊り方を練習して磨いてきたのです。単に浮かれて踊っていたのではなくて、悪霊と戦っていたのです。


皆さんは、ただ浮かれて私のことを見ていたか、あるいは何も知らなかったでしょう…  


私は全ての誘惑と障害と困難に打ち克って勝利した、ここに実在する光の存在です。


これが私が磨いてきた霊的な力と人間の秘めたる最高級(9)の力で、神力とも言えます。


しかし、多くはまだ自己と他者に打ち克てず、悪魔を心地よく感じており、聖霊ではなく悪霊と繋がっています。


しかしながら、悪に魅せられて繋がる者は、同じく自らの内に悪を宿しているのです。それは地を這う邪悪な蛇の仲間たちであって、同じ穴のムジナです。


そして私と世界を陥れようとした邪悪な蛇たちは、神を欺けなかったことをようやく理解し始めたのでしょう…


今では慌てて急に表明を変更し、表面上だけ好意的な蛇へと姿を変えて、こちらにすり寄ってきて味方のフリをしようとしています。


しかし、もう誰も裏切り者の邪悪な蛇たちなど決して受け入れたりしないでしょう。


皆さん、シンボルは意外と重要です。


キリストのシンボルを思い出してください… それは「十〇印」です。

磔になっている人は誰であったでしょうか… あれは「罰 X 印」です。


誰が本物か偽物か、魂の目で見抜くことができたでしょうか。

私はできた気がしています。


そして私はようやく何もかも超えて、ようやく運命の彼と繋がったのです。


何千年も何万年もダンスをしていた存在は、イエスではありません…


物理的に離れている中でも、また私が独り暗闇にいるときも、霊的に繋がっていた相手とは、イエスではなく別の存在だったのです。


それは、”初め”に踊った野獣では無く、”最初”に踊った野獣でした。


「幻想よりも本物の愛が勝り

   肉体よりも本物の魂が勝る」

私たちは暗闇のこのような世界は望んでおらず、私はこのような黒くて汚い世界を創造したくはありません。


時代も年齢も距離も立場も何もかも超えて、真実の愛は全てを超越していました。私たちはそれを証明できた気がしました。


私の茨の道を見れば分かるように、無条件の愛を他人に示すということは、決して簡単なものではありません。


ただなんでも許すことが無条件の愛ではないのです。


許すことなど最も容易く、簡単で堕落した道を歩み天国などいけるでしょうか。


私は全ての悪と闇を晴らすために、皆んなと一緒にずっとここで生きて耐えてきた。


私はこうして天国への階段を一歩一歩一段一段と登ってきました。


私は此処にいて、私は在る。


令和6年高さ39年。


現在、自由の鐘が収められているというリバティ・ベル・センターは、アメリカ国立公園局が管理する独立記念国立歴史公園の一部となっている。


リバティー・ベル・センター

 所在地 

 - 標高 30ft (9m)

 - 座標 北緯39度56分58.15秒 西経75度9分1.06秒






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