#38 ナルドの香油と油注ぎ


 
悲しみの香油の思い出~

マルコ14章1-8

1「さて、過越と除酵との祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、策略をもってイエスを捕えたうえ、なんとかして殺そうと計っていた。

2 「彼らは、「祭の間はいけない。民衆が騒ぎを起すかも知れない」と言っていた。」

3 「イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高価で純粋なナルドの香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。」

4 「すると、ある人々が憤って互に言った、「なんのために香油をこんなにむだにするのか。」

5 「この香油を三百デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに」。そして女をきびしくとがめた。」

6 「するとイエスは言われた、「するままにさせておきなさい。なぜ女を困らせるのか。わたしによい事をしてくれたのだ。」

7 「貧しい人たちはいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときにはいつでも、よい事をしてやれる。しかし、わたしはあなたがたといつも一緒にいるわけではない。」

8 「この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。」

油は......、当時約一年分に相当する大変高価な代物ですが、マリアはそれを彼の頭にすべて注いだのです。

私は救世主の死期が迫っていることを感じ取り、イシュアが救世主であることへの称えとしてこれを行ったのです。

それは、彼の埋葬を暗に示した、救世主への称えと深い悲しみが混じり合ったマリアの心から注がれたものでした。

またそれは、死期迫る救世主を想い、これまで自らの受けた御恩をできうる限りすべて主に返そうという気持ちから来るものでした。

わたしは、お金ではなく彼を愛していたからです。

しかし、そんなマリアの真心と傷心を知りえない人々は、主に対して大盤振る舞いした、マリアのお金の使い方を無駄使いとみなしました…

金と裏切り~

ヨハネ14章1-7

1 「過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。」

2 「イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。」

3 「そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。」

4 「弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。5 「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」

6 「彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。」

7 「イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。」

しかし...彼は、人間的な命欲しさの金銭欲のために、やがて悪魔の誘惑に陥りました。イシュアを悪の手に売り渡し、裏切りました。

4 「言った、「わたしは罪のない人の血を売るようなことをして、罪を犯しました」。しかし彼らは言った、「それは、われわれの知ったことか。自分で始末するがよい」-マタイ27章-4

その後は、12使徒のひとりとして迎えられたイスカリオテのユダがどうなったかはご存じでしょう…

男性のユダは裏切ったが、女性のマリアは裏切らなかったのです。

彼は、命を得るために金を得ようとし、イシュアよりも金を愛していたことから裏切ってしまったのです。

しかしマリアには、金より命に代えても主に仕えるという男勝りで気丈な心意気や忠誠心があったのです。

ここでは、男性はときに女性よりも女々しく、臆病で卑怯ぐせがあるという教訓が伝えられていたのです。

米国のリンウッド氏は、2024年6月25日に以下のようにユダについて述べました。

「私は個人的に、常に忠誠心を大切にしてきた。 

 特に、私が忠誠を誓ってきた相手からは。 

 生身のイエス・キリストは、ユダの不誠実さに打ちのめされたに違いない。 

 神であるイエス・キリストは、ユダが自分を裏切ることを知っていた。 

 ユダはユダを愛し、ユダを愛し、ユダを全く愛さなくなるまでユダを愛した。 

 ユダは不誠実で、金のためにイエス・キリストを裏切った。 

 地上において、イエス・キリストは100%人間であり、100%神である。 

 肉において、イエス・キリストは金のために裏切られた。 

 イエス・キリストは神だから、それを許されたのだ。 

 私たちはユダからどのような教訓を学ぶだろうか?

 お金はすべての悪の根源である。 

 イエス・キリストは神である。 

 リン🙏🙏🙏」

そして彼は、お金よりも、また世の誰よりもイエス・キリストを愛し、愛の忠誠心を他の誰よりも一番熱心に行いました。

ですから聖霊は言った、彼のこの罪は赦された。

そして私たちの間には深い真の友情が築かれ、その後に彼は、2024年12月20日わたしを親友と思って喜んでくれました。

「私の友人になりたい人はごく少数だ。 

 もし私がアメリカの大統領だったら、すぐに変わるに違いない!

 でも私は、イエス・キリストを愛し、トランプ大統領を117%揺るぎなく支持する、
 サウスカロライナ州のただの宿屋の主人です!

 私は本当の友人を大切にしている。 

 私の親友はイエス・キリストです。  

 リン 🙏❤️🇺🇸」

そしてかつてのマリアは、それを最高の喜びだと大変喜びました。

神の油注ぎとナルドの香り~

現代に伝わるマグダラのマリアは、キリスト教(正教会・カトリック教会・聖公会)の聖人として掲げられています。

携香女や聖人の称号を持つ「携香女(ケイコウジョ)」と称されています。

その一方では、西欧・西方教会ことにカトリック教会では「罪深い女」ともされています。

マグダラのマリアと検索すると、イコンという十字架と香油壷を手に握りしめている有名な絵画が出てきます....

これは、磔刑後のイエスの遺体に塗るための香油を持って、墓を訪れたとされることに由来する絵画として描かれているようです。

この絵画を見ると、十字架を象徴とする救世キリストの意志が、マリアと共にあることが暗に示されていることが伺えます。

しかし、当時の香油は娼婦も持ち物とされていたことから、香油=娼婦と、サタンたちにとって格好のネタとして結びつけられました。

しかし、わたしは香油をまったく別の目的と方法で用いたのです。

べタニアのマリアとは、たとえば○○県の○○さん。と呼ぶように、マリアがべタニアにいたときの、マリアの呼ばれ方であったのです。

ベタニアにいたマリア、それはマグダラのマリアです。

バプテスマを授けていたヨルダンの向こうのベタニヤ.....

あなた方に言っておく、女の中から生まれた中で、ヨハネほど偉大な者はいない。

ヨハネ1章~

28 「これらのことは、ヨハネがバプテスマを授けていたヨルダンの向こうのベタニヤであったのである。」

わたしはべタニアのマリア。

宗教の源と世界宗教の祖~

アブラハムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大宗教の共通の祖として知られています。

「信仰の父」と称されたイスラエルの元祖アブラハム。

彼はイスラエル民族の初代族長、ノアの洪水や、神による人類救済の出発点として選ばれた、祝福された最初の預言者として知られています。

アブラハムとサラ......

そしてこの時、神から油を注がれたのは、アブラ(油)ハム、そして、妻サラとはわたしです。

アブラハムの宗教はいずれも一神教で、偶像崇拝は禁じられています。

世界の宗教分布図を見ると、昔も今も、人々の唯一神が誰で対象が何であるかは、各国各地各々で異なっています。

キリスト教 (31.1%)イスラム教 (24.9%)無宗教 (15.6%)ヒンドゥー教 (15.2%)仏教 (6.6%) 民間信仰 (5.6%) その他の宗教 (1%)

wikiでの割合を見れば、無神論者の方が少ないと言っていいでしょう。それだけ、神が生まれずまた不在のときであっても、人々は何かしらの自分の神をこれだけ信仰していたのです......

しかし悪魔と狂人たちによって、神と神の子たちはこれだけ大きく引き裂かれてしまいました。やがて宗教間戦争や宗教観対立が起き、歴史の真相は答えの見えない論争と議論に陥っていました。

しかしながらなぜ、神を信仰していても、このようなことになるのか、今あなたたちにわかりますか?

信仰心だけがあっても、個々に罪を解消していないがゆえに、このような事が絶えず尽きないのです....

ちなみに現代に生まれた私は、無宗教者です。しかし、無神論者ではありません。そして、どこの宗教組織にも入っておらず、現代ではキリスト教の信者でもありませんでした。

この書を記し始めるまでは、聖書の言葉にも触れてこなかったような私ですが、言葉はわたしの御霊から出てきたのです。

聖書の言葉をこの書に引用しているのは、皆さんが聖書を正しく読みやすくするために、後から所々、そしてさらにつけ加えていっているだけです。

現代でのすべての聖典や宗教や教義は汚染され欠陥があるため、どれも信頼性と完全性に欠けています。

全ての宗教の教えには悪の手によって、どれも改竄されたり異形なものに書き換えられています。宗教は長い歴史の中で、人類を洗脳するために悪魔によって悪用されてしまっていたのです。

従って、神によって見直されたものでなければ、どれも神による公認の名は与えません。

この聖なる者の書と主の人生観を軸に、玉石混合の中から識別力をもって見てください。

一神教と多神教と宗教戦争の終止符~

古代では、神から生まれた血の繋がりを持った子たちまで、神々という呼ばれ方や表現がされていました。

やがて時代を重ねるごとに、一神教と多神教の対立まで起きましたが、それは、神が誰であるか認識できず、また、神が輪廻転生していることを教えても理解しなかったからです。

また、いつの時代も神でない人が神になろうと戦を起こし、生きて現れた神が倒されてしまったり、暗殺や裏切りや隠蔽によって神が埋没させられてきたのです。

信仰対象は各国各地各々で異なっていますが、実際のところは、二柱が各地で転生した際に、各地で様々な名前と顔をもって現れていただけです。

アブラハムの三大宗教の、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に限らず、ヒンドゥー教、仏教、儒教、神道など、あらゆる古代宗教の原型は、神が生みの親なのです。

これが、多神教ではなく一神教という所以です。ですから、信仰宗教間の戦争を一切やめていただきたいのです。

神の宗教思想とは、宗教とは何のためにあるのかを理解し、一つの唯一神の下に、いつの世であっても真の神の下に回帰できるようにすることです。

真の神は、人類への愛と発展と平和と成長のために教えを遺したというのに、なぜ、戦争が起きるというのか、なぜこのような悲劇が起きるというのか、

神を信じない無神論者の共産主義者や新自由主義者たちは、この世を荒波と混沌の赤黒い海へと変えました。

....神は崩れていく世界に吞み込まれていく人々を見て、時に二人で、時に一人で、叫び続けてきました。

わたしは、神を信じていない狂人のための新世界秩序の世ではなく、神を信じてきた義人のための真世界秩序の世を築きたいのです。

それは嘘と偽りと幻想と混沌の世ではなく、これをもって宗教間の論争や争いをやめさせ、世界を真実で満たして平和と意識を統一をさせる独自の思想です。

それは悪魔の手によって築かれた新世界統一思想でなはく、神の手によって築かれた真世界統一思想です。

しかしこれまでのように、人類が偽の神や偶像や他の神を拝んでいたら、わたしは彼らを救うことができません。

これまで何千年~と偽の神と、このような黒い海と罪から信じる人々を救うためには、子羊の犠牲が必要でした....

そしてこのようなことのために、彼が握れない時も、わたしは一人十字架を握ってすべての受難に耐え抜いてきました。

わたしは、信仰心が熱い人々ならなおさら救ってあげたいと思っているのです。

なぜなら、わたしたちを知らない人も、わたしたちを信仰してきたからです。その神の愛のゆえに、偽の神でなく真の神を知ってほしいと思っているのです。

しかし、真の神を見る最大の恵みを受けた者たちは、この聖なる書を信じ、偽の神の下から離れ、真の神の下に帰りはじめています。

73 「すなわち、父祖アブラハムにお立てになった誓いをおぼえて、」-ルカ1章

今ここに、イエス・キリストなる神の名をもって、人々の間に生まれた宗教戦争と宗教間対立の終止符の楔を打つ。

神から油を注がれたトランプ大統領~

原初のエデンの園から始まった油注ぎは、終末のサタンの園と変わり果ててしまった今でも注がれていました。

キリスト教の悪魔教皇フランシスコの使用していた紋章に注目してください。

この紋章には、マリアの象徴としての八角形の星と、イシュアの象徴としての甘松(ナルド)の果実が取り込まれています。

ナルドといえばのべタニアのマリアのナルドの香油。

そしてマリアの香油とイエス・キリストが注がれたナルドの香りは、現代にもまだ漂っています。

世の中では、この油は娼婦であるマグダラのマリアのもので、罪深い聖女や性的不品行のレッテル貼られてきましたが、私が持っていたナルドの香油はそうではありません。

私が彼に注いでいるのは神聖な聖油であり、この現代で神から油を注がれているのは、D・ナルド・John・トランプなのです。

今では、トランプ大統領は世間から「神から選ばれし者」の名を賜り、世界的にその名で知れ渡るようになりました。

しかし、これまでトランプ大統領を裏切った者たちは非常に多く、金を命とみなす卑しいものたちが、身内や血の肉親や側近者や政権内外~一般人に至るまで多く出ました。

そんな彼の心の痛みを理解する者はなく、彼の心も、もはや誰も信用できなくなるほどに傷つけられてきました。

裏切者たちの代償は重く、死に値する。始末するがよい。

私には罪人たちから神聖が汚され、人々からは敵意と悪意と偏見が向けられました。今、女神の深い失意と溢れる涙の意味がわかるでしょうか。

29 「聖霊をけがす者は、いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる」-マルコ3章

9 「よく聞きなさい。全世界のどこででも、福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう」。

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