#49 復活の証人とイシュアの復活祭

 



復活の証人の昔と今~

エゼキセル書12章

21「また、主の言葉がわたしに臨んだ。

22「人の子よ、イスラエルの土地について伝えられている、『日々は長引くが、幻はすべて消えうせる』というこのことわざは、お前たちにとって一体何か。」

マグダラのマリアは、弟子たちの中で復活のイエスからのメッセージを受け取った、ファーストメッセンジャーとして知られています。

四福音書では「イエスの死と復活を見届ける証人」ですが、現キリスト教の宣伝から世間では「悔悛した罪深い聖女」のイメージが染みついてきました。

復活した彼が最初に現われたのは、涙を流しながら彼を探していたマグダラのマリアでした....

ヨハネ20章 

1「さて、一週の初めの日に、朝早くまだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に行くと、墓から石がとりのけてあるのを見た。

2 「そこで走って、シモン・ペテロとイエスが愛しておられた、もうひとりの弟子のところへ行って、彼らに言った、「だれかが、主を墓から取り去りました。どこへ置いたのか、わかりません」。

・・・・・・・・・・・・・・

11「 マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中をのぞくと、

12「 イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が、一人は頭の方に、一人は足の方に座っているのが見えた。

13「 すると、彼らはマリヤに、「女よ、なぜ泣いているのか」と言った。マリヤは彼らに言った、「だれかが、わたしの主を取り去りました。そして、どこに置いたのか、わからないのです」。

14「 そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。

15「 イエスは女に言われた、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。マリヤは、その人が園の番人だと思って言った、「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取ります」。

16「 イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。

17「 イエスは彼女に言われた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父のみもとに上っていないのだから。ただ、わたしの兄弟たちの所に行って、『わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝えなさい。」

18「 マグダラのマリヤは弟子たちのところに行って、自分が主に会ったこと、またイエスがこれこれのことを自分に仰せになったことを、報告した。」

わたしは、彼の骨や亡骸の亡霊まで愛するほど、彼を深く愛していました。

世間でのイメージは、イエスにすがりつくマリア、といった印象に留まりここで話は終わっています…....

消された指導者マグダラのマリア~

一方で、破棄除外されてきた『マグダラのマリアの福音書』の中の記録の断片からは、マリアの全く別の側面が見えてきます。

『ヨハネの福音書』では、主にわたしの内面の様子。一方『マリアの福音書』では、主にわたしの外面の様子。

死を悼み嘆き悲しむ一人の女性としてのマリアの心情に対して、もう一方は、外での人前で気丈に振る舞っていた公でのマリアの姿。

この『両方の福音』を合わせることで正しい姿が浮かび上がってくるのですが、一方だけが破棄され除外されてきました。

闇側は女性指導者としての立場のマグダラのマリアの姿を消したかったのでしょう。

これは、わたしが使徒や弟子たちに向けて話した言葉です。

イシュア・キリストの偉大さと功績~

1「救い主から福音の宣教を託された弟子たち(使徒)は怯むが、マリアは使徒たちを励ます。」

4「そのとき、マリアが立って、彼ら皆に挨拶して言葉を送り、5 彼女は自分の兄弟姉妹たちに言った。「泣かないで下さい。悲しんだり、疑ったりしないで下さい。

6「というのも彼の恵みが今後もしっかりとあなたがたと共にあり、あなたがたを護ってくれるのですから。」

7「それよりもむしろ、彼の偉大さをほめ讃えるべきなのです。8「あの方はわたしたちのために道を備え、わたしたちをまことの人間にしてくださったのですから」

ここでの『人間』というのは、女性が家畜同然に虐げられていたときに、彼は等しく私を重んじてくれたという意味で、獣化した人間という意味ではありません。

9「マリアはこれらのことを言ってから、彼らの心を善なる方[へ]むけさせた。10すると、彼らは[救済者]の[言葉]について[論]じ始めた。」

・・・・・・・・・・・・・・・マリアの福音書-弟子たちを慰めるより。

イシュアは、十字架上の犠牲を通じて、無条件の愛や慈悲や救済をもたらしました。

彼の偉大な功績は、2000年以上経った今でも色褪せ消えることはなく、ずっと光輝いていました。

十 後継者マリアをめぐる弟子たちの論争~

4 「 わたしたちのほうが向きを変えて、彼女に聴くことになるのか。あの方は、わたしたちをとびこえて彼女を選んだのか」。

5 「 そのとき、[マ]リアが泣き、そして、ぺトロに言った、「わたしの兄弟ペトロよ、あなたは何を想像しているのですか。6 わたしがこのようなことを自分一人で勝手に考えたり、あるいは、救済者についてわたしが虚偽を語っているとでも思っているのですか」。

レビが入り、彼をたしなめた。

8「いまわたしには、あなたはまるで絶対者にたいするようにこの女性に議論をしかけている。9 もし救済者が彼女を価値ある人としたのであれば、彼女を拒否するあなたはいったい何者なのか。」

10「たしかに、救済者の彼女に関する知識は完全に信用に値する。あの方がわたしたちより彼女の方を愛したのはもっともである。」

レビは続けて言った、「あの方は、彼女を完全に知り、(また)彼女を[しっかり]愛していたのだから。」

11「むしろ、[わたしたちは]恥じ入るべきである。そして、わたしたちは[完全な]人間を身に纏い、あの方が[わたしたち]が命じたように、わたしたち自身、まことの人間を身につけ、12 福音の告知に向かうべきなのだ。」

13[救済者が語ったこととは違う規則や法は、一切さだめないで」。」

14「レ[ビ]は[これ]らのことを言った後、 出て[行って、良き知らせを告知]し始めた。」

誠に、誠にレビは、なんと尊き男でしょう。

レビはわたしにとって、とても特別な存在で、永遠に良い報いを賜らせる。

かつてのマグダラのマリアに現れる終末の結び~

マルコ福音書16章9-11

9「イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。」

10「マリアは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。 11しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。」

主導していたのが男性イシュアであったために、女性であるマリアは信じられなかったのでしょう。

マリアは、キリストの伴侶として、尊敬すべき彼に花を持たせていたのです。

日本語で「花を持たせる」とは、西洋文化のように男性が恋人に花を贈ることではありません。

マリアの行いは、主人を立てて彼の名誉や株が上がるような、健気で慎ましい妻の態度の表れや内助の功といった影の献身だったのです。

彼は世界の救世主であり、私の救い主であり、敬愛する夫でした。

彼と彼女は、当時イエス・キリストの名を共有して使っていました。イエスの彼の名は、彼であり彼女でもあります。

ローマの獣かローマの神か~

俗世間の人々は相変わらず権威主義の奴隷で、男性指導者の経済力や権力欲に惹きつけられてしまいます。

これまでの男性権力者たちも、神を崇めながら、なぜ、その神である女神を隠したり低く置きたがるのでしょうか。

生きる神を蔑ろにして人や獣を高く置き、それに従っていくのなら、人類はこれまでのように何千年以上も盲目の奴隷たちとなるのだ。

そうしてまた偽の神に地獄に連れていかれても、そのときはもう神の救済はないと心せよ。

イシュアはマリアの内に光を見出したが、2世紀には女性指導者のグループはすべて異端扱いされ、男性指導者たちに抑圧されてしまいます。

真実と共に女性指導者マリアは闇に葬られ、ローマ皇帝などによって、6世紀には膨大なグノーシス派の文献もほぼ全て破棄や除外されてしまいます。

暴君の名で知られるローマ皇帝ネロは、16歳で即位した後ペテロや使徒を迫害し、キリスト教徒を弾圧し大虐殺を行った666の獣である。

イエス復活祭と東の卵子~

マグダラのマリアはイースターの朝、空の墓を最初に発見した人物としても知られている。

この有名な伝承には、マリアがローマ皇帝ティベリウスに、キリストの復活を伝えた逸話が残されています。

しかし、主の復活の話しを信じなかった皇帝は、マグダラのマリアが献上した卵を見てこう言った。

「白い卵が赤く変わることがないように、死者の復活などありえない!」

...しかし、卵がみるみる赤く染まって驚いたという。…

そこから”赤い卵”が復活の象徴となり、キリスト教においては色がつけられた卵は、キリストの血やマグダラのマリアに関連付けられている。

イースターエッグの卵は、主の死と復活の象徴となり、生まれ変わりを示唆しています。

現代でも輪廻転生を信じていない者たちが多くいるように、当時は蘇りを信じられる者はもっと少なかったのです。

39「わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与えて下さった者を、わたしがひとりも失わずに、終りの日によみがえらせることである。」ヨハネ6章

人びとはマリアの必死な訴えを聞き入れず、神より、自分の頭や感性を信じて突き進み、2000年以上の無知に囚われた。

人が傲慢になり主を軽んじるとき、これまでのように人類は愚かさと罪と嘘の中に生きることとなるのだ。

二千年を超えての今日、2025年4月20日イエスのこの稀な復活祭は、キリスト教徒にとって生きる主の永遠性をその目で垣間見る、またと訪れない機会である。

主の死と復活の勝利を通して、人類は救済されるのである。

幻と知性と叡智~

1「[主がわたし]に幻の中に[現れた]とき、2[わたしは言いました、]『主よ、[わたしは]今日[あなたを見ました』。]

3「彼は答えました、[『あなたは何とすばらしい……』。]

「幻」とは、幻想や妄想や空想ではなく、実際にはないのにあるように見えるもの。

10「マリヤは、幻のうちに主を見ることがあった。幻のうちに主を見るときに、動じない者は祝されたものである。」

(2) イエスは言われた、「捜し求める者には、彼が見出すまで、捜し続けさせなさい。彼は見出したとき、彼は困惑するだろう。困惑するとき、彼は驚くだろう。そして彼はすべてを支配するだろう。」トマス福音書

そしてかつてのマリアは、わたしの主を探し求め続け、ふたたび幻の内に、彼の霊を内から外に見出し、この世に告げた。

そうして世界は、わたしを通して彼の復活を知るのです。

かつてコンスタンティノープルの司教ゲルマヌスは、マリアを「全面的に神聖な女王」「最も尊い女王」と呼び、マリアの仲介がなければ救われる者はないし、恩寵という贈り物も受け取れないと主張した。

2024年3月31日ツイート
‶今日は偶然にもキリストの復活祭みたいだ。だから聖母マリアから皆さんに真言のプレゼントを贈るよ。ほらね、だから白い卵が赤くなっているって言ったじゃない。それに、私は息子イエスではなく、キリストに従ってきたのよ。″

2024年4月14日ツイート
わたしはかつて世界の王であった、真のキリスト意識の存在が顕現したことを告げ、ここでひとり祝いました。

水面下のみならず、ここで歴史的大ニュースが起きているのですが、後は皆さんが気づく事を祈るばかりです。

米「私はトランプ大統領が大好きだ!神がこの機会を与えてくださっていることにとても感謝している♥️、この瞬間に到達するまでに一生かかった!!ありがとう、イエス様♥️🙏🏻🇺🇸」

わたしはまた、神の言葉とイエス・キリストの証、すなわち、自分の見たすべてのことを証しした。 

イエスについて証する者。イエスの証しは預言の霊

 23「それゆえ、彼らに言いなさい。主なる神はこう言われる。『わたしはこのことわざをやめさせる。彼らは再びイスラエルで、このことわざを用いることはない』と。かえって彼らにこう語りなさい。『その日は近く、幻はすべて実現する。』」

あなたたちは[幻想]しかみれないが、主は、[幻の内]に真実をみているのであったのだから。

では、誰がわたしが内に見るこの幻を、現実の真実であると証するのか。

18 「わたし自身のことをあかしするのは、わたしであるし、わたしをつかわされた父も、わたしのことをあかしして下さるのである」ヨハネ8章

32「神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です」使徒言行録

そしてあなたたちは皆、このことの歴史の証人となる。

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