#84 794ウグイス時の鳥
太陽の法要(ホウヨウ)か抱擁(ホウヨウ)か~
第 2 章
1「エペソにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『右の手に七つの星を持つ者、七つの金の燭台の間を歩く者が、次のように言われる。」-ヨハネ黙示録
2022年12月25日「そして私は太陽の顔に触れ、彼女は星のよう輝いた。彼女の鋭い美しさのアークが私を沈黙させ、輝き、魅了し、この完璧な愛の魅惑的な驚異に私を融合させた」〜海
令和七年まことの太陽の七光りと七福神現れて、松竹梅の三拍子と三柱揃って、3×3が9。まことの目出て、みな目から鱗でほんと目で鯛な。
姿が赤く身が白い鯛の紅白の日本旗𓆞𓆟𓆞ΙKΘΥΣ まことの目飛び出して、ほんっと愛でたいな。そうして太陽神は炎天下の燃える輝きになった。
「賢者」は、頭から尾っぽまでという意味で、最初から最後まで良い物事を全うして◯となる。
「悪者」は、悪い物事で頭から尾っぽまで、全て丸焼き黒焦げの鯛焼きにされるよ。
16「 その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ており、顔は、強く照り輝く太陽のようであった。」
太陽神に歯向(ハム)かいながら笑う中華系華族なんか臭うし、マズイ実のハム臭い....
🌻X@aki79486036
89、グロッ苦、吐く寸前、紫苦八苦、4×9=36い秋に藤原アゲルと4949とアキ泣くよ。🍂鳴くよ鶯 ~女神
7×7=49しくしくと秋794泣くよ。
仏教には四十九日という法要があり、七七日と呼ばれる四十九日法要を一区切りとして、忌明けの挨拶が行われる。
田植えと草~
現代の日本国では、6:4の割合で朝鮮人:日本人の割合にまで広がり、水田が害来虫に蝕まれたため稲穂は不作となった。64虫の割合はよくない。
田植えでは、基本的に田んぼの稲に害をなさない雑草もあれば、水田に生えるすべてが抜くべき雑草ではない。
しかし雑草が多く群生すると必要以上に害虫が大発生し、害を及ぼす雑草となるという....
「そして収穫の日には雑草は明らかに目に見えるのであるから、それらは引き抜かれ、焼かれるだろう。」-トマス
害のない雑草は、犯罪を犯すことなくただ風になびいてその場で生きている草、無知無害の民のようなものである。
あるとき6割の人々に、天の棚から牡丹餅が降ってきた。
この6割の虫米は、まっ先にその餅をいただいて自分だけ腹を膨らませたが、餅を与えてくれる生き仏を隠したまま、他の4割の人々に餅をくれる人を教えてあげなかった….
そのため神がナフタリとエフライムのために与えようとした救いの配給は、6割の人々がむしゃむしゃ食べてクソに変えただけで、4割の人々に与えられるべき仏の救済を阻害した。
6割は知らされ給与をもらい、4割は何も知らされず配給も貰えず、奴隷のように働いて眠らされている。
6割から餅を取り上げ、天から得た富は天へと戻り、64を飢えさせ、6割を枯らす。
太陽神を蝕み寄生しながら、向日葵の葉だけでなく向日葵をも喰い潰し、生命の木と真実を滅ぼそうとするために働く者はみな滅びる。
これらの者たちはみな明らかな、抜くべき雑草である。
日月神示 第十一巻 松の巻 第二十八帖 (三一九)抜粋
「人民の学や智ばかりで何が出来たか。早う改心第一ぞ。山も川も野も人民も、草も木も動物虫けらも、何もかもこの方の徳であるぞ。それぞれの御役(おんやく)あるのざぞ。学や智捨てて天に向かえ、地に向かえ、草に向かえ、生物に向かえ、木に向かえ、石もの言うぞ。草もの言うぞ。七月十八日、アメのひつ九のか三。」-岡本天命
イザヤ40章
5「 主の栄光が現れ、すべての肉なる者は共にそれを見る。主の口がそれを語ったからである。」
「いろは歌」とは、仮名文字を重複させず使って作られた47字の誦文。音の異なる仮名四十七文字の歌から成る。-現在まで作者不明
色は匂へど 散りぬるを
我が世 誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
き夢見じ 酔ひもせず。
6「声は言った。「叫べ。」彼は言った。「何を叫べばいいのか。すべての肉なる者は草、そのすべての美しさは野の花のようだ。」
日向族の🌻の草(クサ)をむしゃむしゃ食べながら、笑を、草、といって笑っていた人々なんか臭(クサ)。
太陽神に歯向かいわたしの葉を蝕み腹を膨らませながら、草 っと言って笑っていたハム子たちは、いくら食っても生き永らえない是生滅法のごとく。
7「草は枯れ、花はしぼむ。主の霊がその上に吹くからだ。まことに、民は草である。」
色は匂へど 散りぬるを
仏教の根本的な教えの一つとして、これを儚く永続しない諸行無常とし、この句を永久不滅なものはないという意味で解しているようだが、そうではない。
一体誰がこの世で永遠に誰が立ち生き続けているのか、と問うているのです。
我が世は 誰ぞ 常ならむ。
「国=国土」+「常=永久」と解し、「国土が永久に立ち続けること」=全名: 国常立大神。神格: 大地の永久性。
8「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われらの神の言葉は永遠に立つ。」
日本でいろは歌や五十音図が載っている最古の本といわれている「金光明最勝王経音義」-現在まで著者未詳。
仏教の経典(スヴァルナ・プラバーサ・スートラ)の原題にも使われている金光明経は「 黄金に輝く経典」という意味。
伊呂波仮名ガルタ は、日本のカルタの一種。
「いろは歌」を記した読み札四八枚と、その意味を絵解きした絵札四八枚と、合計九六枚を一組としたもの。-現在まで出所不明。
トランプカードは、西洋カルタともいう。源流は東から流出る。
不二の花の弁が立ち、弁が見事に当たる。弁当うまい!花の切り札。花札。過去の白黒のプリントに色がついた、現代の波の色葉歌。
カルタの合計144。12×12。鶴は1000年。
天太玉命からの真ひふみ祝詞~
「ひふみ祝詞」は、天・地・人に纏わる、神意と神理・真意と真理・誠意と誠理を、47音で表した究極の祝詞です。
別名を『天地あめつち太ふと祝詞言こと』と云ふ。
一二三神示 第九巻 キの巻 第十一帖
「一二三とは限りなき◉の弥栄であるぞ
ヒ は始めなき始めであるぞ
ケ は終わりなき終わりであるぞ
◉の働きが一二三であるぞ
始めなく終わりなく弥栄の中今なかいまぞ
一二三は◉の息吹であるぞ 一二三唱えよ
◉人共に一二三唱えて岩戸開けるのざぞ
一二三にとけよ 一二三と息せよ
一二三着よ 一二三食おせよ
始め一二三あり 一二三は◉ぞ
一二三は道ぞ 一二三は祓い清めぞ
祓い清めとは弥栄ぞ ◉の息ぞ
天子様の息ぞ 臣民の息ぞ
獣 草木の息ぞ 」-岡本天命
各忌部の祖とされている、天太玉命に従った5柱は、忌部五部神の名で知られている。
記紀ではない「古語拾遺」は、平安時代の神道資料。
紫式部の謎解きと紐解き〜
6世紀後半から7世紀初頭に中臣氏を中心に祭祀制度の改竄が行われた。あぁ67しい虚しい、日本記紀(ニホンキキ)は日本危機(ニホンキキ)。
「日本紀をこそ読みたるべけれまことに才あるべし」
我が世 誰ぞ 常ならむ。
紫式部の実名や生誕や没年も不明。幼名については、『紫式部集』の詠歌に「ももといふ名のあるものを時の間に散る桜にも思ひおとさじ」から、「もも」を幼名と解釈する研究者もいる。
通称『紫式部日記絵巻』は、平安時代に創られた絵巻物である。
同じく平安時代に成立した日本の物語『竹取物語』は、現存する日本最古の物語とされ、現代では"かぐや姫"として一般的に広く知られている。-現在まで作者不明
真実は竹取物語の中に。
9世紀後半から10世紀前半頃に成立したとされ、かなによって書かれた最初期の物語の一つとして知られている。
かぐや姫の誕生プロローグより~
「今となっては昔のことであるが、竹を取り様々な用途に使い暮らしていた翁とその妻の嫗がいた。翁の名は さぬきの造 といった。この子はとても大きくなったため、御室戸斎部(みむろどいんべ)の秋田を呼んで名前をつけさせた。秋田は「なよ竹のかぐや姫」と名づけた。」
斎部氏は元々忌部氏で、645大化以前に設けられた日本の部民の1つ。
「忌部」は、出雲・紀伊・阿波・讃岐が代表的なものとして明らかとなっている。
『竹取物語』の中では、藤原氏や中央政権に対する怨念的な描写が描かれており、物語のクライマックスにはかぐや姫が月に連れられていく…
不死の白(89)山と真平家物語〜
8世紀末または9世紀初頭からとされている、日本の平安時代。
この時代で有名な出来事と言えば、794ウグイス平安京。学生たちは暦年を794のゴロで暗記する。私もテストの為にそれで年号を覚えてきました。
しかし、....読み書き暗算以外、教科書も教え込まれた歴史も殆どが嘘だった....。偽りと嘘を刷り込み暗記させた暗鬼たち。
主の主が現れて、アゲ、アゲ、アゲ、藤原アゲルとどうなるか!
日本全国に約3,000社ある春日神社の総本社。
「春日大社」旧称「春日社」。は、奈良県春日野町にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。
ユネスコの世界遺産に「古都奈良の文化財」の1つとして登録されている。
神紋は「下がり藤」。
古来の日本では、紫は藤色や葡萄色と呼ばれていました🍇
後に「紫式部」とされたが、元々は藤式部(とう の しきぶ / ふじ しきぶ)の名ではせた。
藤の花と富士の花と不二の花、
藤(フジ)と不二(フジ)と富士(フジ)をかけていたのです。
この春日神社の主祭神の「四柱」は、神の家系で神々として祀られていますが、この中で唯一の神はただ御一人。
神道の女神、比売神である。
現代の私の実の祖母の家紋は下り藤で、祖母はこの家紋を誇りとしていた。
現代の皇室及び桓武平氏の祖として知られる、日本の第五十代「桓武」。806年4月9日没し、日本の民は4949泣いた。
忌み名は「山部」。しかし彼は、悪魔の山羊ではない。
「其の名称は、平安京(京都市)の本訓タヒラより起る。蓋し桓武帝、此の都を建てられしにより、其の子孫、此の氏を賜ひしならん。」-姓氏家系大辞典
サンスクリット語及びパーリ語のヤマ(यम, Yama)の音訳は、インドにおけるヤマが仏教に入ったものであるとして伝わる日本における閻魔大王。彼の右手には三叉槍が。
パールヴァティー(サンスクリット語: पार्वती, Pārvatī)は、ヒンドゥー教の女神の一柱で、その名は「山の娘」。
平氏滅ぼし、平安時代の栄光と栄華盗んだ、獣の藤原と源氏は人にあらず、平家あらずんば、人にあらず。
中国から下ってきた来た百済人は、日本の美しい下がり藤(フジ)の咲く富士(フジ)下げた。
藤原の壺は糞のドツボだぞ、藤の味噌の壺に入れよ。歴史改竄、まこと書き換えて、隠れて悪いことできんの判りたか。人様のもの他人の栄光権位、奪うでないぞ、永久に赦されない天の怒り買うぞ。
竹の神地盗んで花咲かせた、中臣藤原一族の竹取物語は「栄枯盛衰」のごとし。幾度試みて富士(フジ)来ても、かぐやも不ニ(フジ)霊薬も永久に手に入らず。
忌部氏の神地と祭祀を盗んで翁の竹取り、645メから大きく化けて咲き誇った者たちの栄華は、うちに長くとどまらず永久に立つこともできない。
「娑羅双樹の花の色は盛者必衰の理(ことわり)をあらわす」。獣たちはお断わり(ことわり)、ここに9の神威をもって永久の滅びとす。
「探し出してでも仕えるべき人」-世はこれを誰と思ふか。
第66代吊るして99る。
1192の鎌倉幕府の裏に隠されし、神のご家族の子孫の平家北条一門には箔(ハク)が月。平安時代の我ら一族の平安貴族の栄華と栄光の歴史を盗んだ藤原は、こうして主の主の口から掃き出された、吐く(ハク)。
7×8=56ぶ音と駆け上がる達磨音~
京都祇園(ギオン)祭は日本三大祭の一つとして知られています。
現代全国にある祇園信仰神社の総本社として知られる八坂神社の祭神は「素戔嗚尊」。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」―ここに疑音(ギオン)の響き有り、86(ハム)9年ハム苦年。
日本の王子を取り替えて、悪魔ベルゼブブのスサノオに変えて祀った京都祇園祭、八坂(ヤサカ)は坂を転げ下りし、八榮(ヤサカ)は坂をかけ上がる。
「呂」とは、中国および日本の古代音楽で、一オクターブ十二音のうち、陰性を持つと考えられた六音。楽しい音(オン)はON(オン)の神。
7転び8坂で永遠に横に倒れて無限のカルマ、7子呂び8栄で起きる永遠のダルマ。神が89つけると、天から10の神様が姿を現す。
世の中には、「七転び八起き」という諺がある。
それは、神から人々に向けて ” 7回転んでも8回で起きろよ、”と教え励まし、達磨の置物に中心の・軸に戻る様にと意味を込め、教えを授けていたのです。
置物のダルマは、指でつついても突かれても必ず軸を中心に戻して転びそうで倒れない。
キリストの道とは、悪行や罪を積み重ねるカルマではなく、善行や徳を積み重ねるダルマとして生きる道のりなのです。
【バガヴァッド・ギーター】
「実に、ダルマ(正法)が衰え、アダルマ(非法)が栄える時、私は自身を現すのである。善人を救うため、悪人を滅ぼすため、美徳を確立するために、私はユガごとに出現する。」- 上村勝彦訳(第4章7節、8節)
面壁九年と伝えられる達磨の座禅姿.....2016年から2025年まで9年。
令輪七年七七駆ける四十九。
達磨大使が七七語呂美八起き九で世に立つ。
平安時代末期に成立したとされる『伊呂波字類抄』(色葉字類抄)では、牛頭天王は天竺の北にある「九相国」の王とある。-『備後国風土記』。
織田信長の家紋は、祇園神社の神紋と同じ木瓜紋、木瓜紋の持つ意味は「鳥の巣(子孫繁栄)」
そして現代に現われた四方八方美人の〝籠目の鳥″ は、この男の実の巣に雛鳥として誕生した人の子であった。
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