#33 煉獄の燃える炎の剣と火水の呼吸 





彼らはなぜ太陽の真実を恐れるのでしょうか。

❝ 罪を償え、罪を認めろ、謝れ、逃げるなよ、卑怯共メ、太陽が怖いのか。❞

夢やアニメを見ながら、この世界の現実と真実を歩く.....

わたしの鋭いもろ刃の剣~

ヨハネ1章

16「その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ており、顔は、強く照り輝く太陽のようであった。」

日本語で諸刃(モロハ)の剣とは、非常に強力で相手に打撃を与えるが、自分も同等の打撃を受ける恐れや危険性もあることのたとえです。

たとえば煉獄杏寿郎は、これらのリスクを恐れて悪や敵と戦わなかったでしょうか? ―いいえ、煉獄は剣士の中でも最も高くて強い最高の勇者でした。

しかし私は、漫画のキャラクターでもないし、実際に物質的な刃物の剣や銃や武器も何一つも所持していません。

でも我々には言葉があり、智慧があり、真実があり、知性があり、勇気があります。

私たち日本人は全ての武器を剥奪されて、刀狩りにあっても、核をもっていなくとも、私にはまだ言葉の刃があります。

非暴力でそれを使う事ができます。そしてこれが、人間の内なる真のエンパワーです。

エンパワーとは、他者に力や自信を与え、自ら行動し、責任を持って意思決定できるように支援すること。

一人一人の反撃と鋭い分析と真実が、巨大な悪のエネルギーを切り刻みます。

醜い鬼と化した無惨な人々は、もはや太陽の下を歩けるような人間ではありません。

無惨な悪魔というものは、真実という光を嫌います。そして地下や表で見えない暗闇の陰に隠れて悪いことしながら生きようとします。

私はあの悪魔たちが嫌いです。彼らと私では、「勝ち基準」も「価値基準」も違います。私は彼らが嫌いです。

悪魔の主張と神の主張では全く相(アイ)交わらず愛(アイ)交わらず。それはキリストと反キリストがいるように、人の霊と獣の霊とがあるからである。

人は皆、死ぬ。命に限りがあり、寿命がある。666の獣がいくら人を喰って生きようと死のうと、自ら犯した罪から逃れられるものは誰一人としていません。

❝ 大罪か中罪か小罪か、どれでも生きて罪償えよ、死んでどう罪を償うっていうんだ。苦しくとも、それが自分がした過ちというものだ。責任もって今世で償えよ。

弱虫だな、死ぬなよ、卑怯者になるなよ。生命を自ら断つことは罪となる。

他人にした誤った言と行い、天からブーメランのように自分に返ってくるぞ。肉に刺繍を刻むのではなく、魂に懺悔を刻み込んで生きろよ。❞

〝その方が現れた....″

11「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。

わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。」マタイ3章

マッチやライターの火つけて放火犯となる、子どものような火遊びするなよ、

日本語ではまた、 危険な遊び、無分別なその場限りの情事を、火遊びという。

❝ 若い美しさと快楽だけ味わい貪ろうとする、大人の火遊び気をつけろよ、それ貪欲の罪ぞ。

人間の火で遊ぶだけの、その肉欲の愛のない火遊びは身を黒く焦がし、己の霊を汚した上に、世間様から叩かれて清めるまで炎上絶えないぞ。❞

ほら見たことか、悔い改めて、身を清めよ。

人間の火の力誤って乱用した者たち、それマムシの子ら、乱交のたまり場ぞ。それ、サタン悪魔の子らの行ぞ。人生で二度と立ちあがれず上昇できなくなる前に、大人なら理性で踏みとどまれよ。

マルコ9章

43 「もし、あなたの片手が罪を犯させるなら、それを切り捨てなさい。両手がそろったままで地獄の消えない火の中に落ち込むよりは、片手になって命に入る方がよい。

45 「もし、あなたの片足が罪を犯させるなら、それを切り捨てなさい。両足がそろったままで地獄に投げ入れられるよりは、片足で命に入る方がよい。」

48 「地獄では、うじがつきず、火も消えることがない。」

2024年1月25日米民の生きる声~

米「アーメン、リン!私たちは多くの邪悪に囲まれています。永遠の破滅から私を救ってくれた神に、いくら感謝しても足りません。🙏🕊️

「ソドム、ゴモラ、およびその周囲の町々も、同じように淫行にふけり、不品行な肉欲を追い求め、永遠の火の報復を受け、見せしめにされている。」ユダの手紙 1:7 

ケルビムの燃える炎の剣の道~

「カバラ思想」は、万物の世界は全ての一者からの流出に起源を持ちます。

この「一者」とは、あらゆる存在の基盤と起源を潜在させる至高なる者、無限にして不変なる者です。

カバラ思想の中核が「生命の樹」ですが、これは人間も含めた世界の全てが含まれ、一者から始まる流出が世界を創造して行く段階が図で表されています。

よくこれを魔術と記している者もいますが、これは魔術ではなく、道徳や哲学、物質界や自然界の創造の過程を表したものです。

生命の樹「セフィロト」の10個の系図はまた、這いのぼる上昇する蛇のイメージ、燃える剣と呼ばれる炎の剣として示されます。

「燃える剣」の柄はケテル、剣先はマルクト....

❝ 魂の火呼び起こし、やがて内なる火燃え盛れば、燃える炎の剣のエネルギー持てるぞ。でも悪魔には強力な炎必要になるから覚悟して臨めよ。

私の剣は燃える剣、私は火水(神)の呼吸を持つ存在である。火の呼吸を使って闇を切る。❞

ミトラスの終末論「最後の日」に行われる、光と闇の軍勢の激しい戦いは、地上を大変動と燃焼で破壊し尽くす。

 29「実に、わたしたちの神は、焼き尽くす火です。」-ヘブライ人への手紙

水に始まったものは火に終わる.....そしてまた... 水で流される。

49「 わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ。火がすでに燃えていたならと、わたしはどんなに願っていることか。」-ルカ12章

しかし神は、放火や犯罪でこれを引き起こすことは決してありません。

火水(カミ)と神(カミ)の呼吸~

ミトラの一節では、祭司職の教えに従った徳のある者たちは、光の精霊に加わり救われ、他の罪深い者たちは、アーリマンと堕天使たちとともに地獄に投げ込まれる...

❝ いつまでも舐めてる野郎ども、煉獄から地獄へとぶち込まれたいのか。それとも永遠へとぶち込まれたいのか。私は永遠だ。❞

「罪なき人に牙を剥こうものならば この煉獄の赫き炎刀が お前を骨まで焼き尽くす!!」漫画by 煉獄杏寿郎

さぁ「のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火の池に入れ。」マタイ25章-41

「わたしがきらめく剣をとぎ、手にさばきを握るとき、わたしは仇に復讐をし、わたしを憎む者たちに報いよう」申命記-43節

玉座の上に置かれた東の門人~

二人の証人は口から火が出て敵を滅ぼす。

「こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。」創世記3章-24

「神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。」創世記3章-24

「一対のケルビムは向かい合い、顔を贖いの座に向け、翼を広げてこれを覆った。」出エジプト記25-20

旧約聖書にあるように、モーセの十戒を刻んだ石板を収めた聖櫃の上には、翼を伸ばしたケルビムの像がこの石板を守っています。

二つで一組のこの一対のケルビムの上には、見えない象徴としての主の玉座と命の木がある。

そう、わたしは昔も今も、東の地にいる門番。

原初から終末まで #24この原罪を犯さずひとり守り通してこの責務を全うしてきました。

皆は、なにを全うしてきたのか。


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