#52 岩戸隠れと空海と世界教師




千年引の岩戸閉めと泥海~

ダビデの若枝の堕落と原罪によって、わたしは彼に背を向けた。太陽が黒く地に沈んだとき、月は太陽を背にして、わたしの背には太陽の後光が射した。

ここに唯一の神がいて、天の父の光は保たれた。

1「主よ、いつまでなのですか。とこしえにわたしをお忘れになるのですか。いつまで、み顔をわたしに隠されるのですか。」-詩篇 13章

2「神よ、わたしをお守りください。わたしはあなたに寄り頼みます。2 わたしは主に言う、「あなたはわたしの主、あなたのほかにわたしの幸はない」と。」詩篇16章

1「わが力なる主よ、わたしはあなたを愛します。」-詩篇 18章

7 「主よ、あなた恵みをもって、わたしをゆるがない山のように堅くされました。あなたがみ顔をかくされたので、わたしはおじ惑いました。」-詩篇 30章

2 「わが魂はかわいているように神を慕い、いける神を慕う。いつ、わたしは行って神のみ顔を見ることができるだろうか。」-詩篇 42章

日は沈み月は隠れ、世界は暗闇に包まれた。

5 「一つの玉座がいつくしみによって堅く立てられ、ダビデの幕屋にあって、さばきをなし、公平を求め、正義を行うに、すみやかなる者が/真実をもってその上に座する」-エレミヤ書11章

15「その日、その時になるならば、わたしはダビデのために一つの正しい枝を生じさせよう。彼は公平と正義を地に行う。」-エレミヤ書33章

ダビデの根から、メシアであるイシュアが生まれた。

27「この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。」ルカ1章

イシュアとマリアがひとつに重なり、ふたたび世界に太陽が昇りこの世を天ねく照らした。

彼は世界の誠の王であった。

しかし私たちは、その後、西と東へ、愛のために分れた。

愛の分岐点と人類救済〜

そして現代になり、忘却の日々からこの日まで....。

わたしが忘却の果てにいたときも、彼は私のことを忘れていなかったのです。

あるとき彼は、きっとわたしのためにそこに愛の種を植えた。

わたしが18のとき、

2022年9月13日「私はずっとあなたを愛してきました。そして、決してあなたの存在を感じることなく、心の中であなたに愛を注ぎました。それは崇高な愛であり、魂と韻の中でいつもあなたです」〜海

そしてそれを心の中で育んでいた....

わたしがまだこの詩を見つけることができなかったときでも。

2023年7月10日「そして、私が彼女に対して抱いている愛のことを考えると、空に向かって愛を育むことができると思うと涙があふれてきます。これ以上に完璧な愛は、時間の終わりを考えながら決して見つけることはできませんでした。」~海

この詩をみると、こちらまで自然と涙が溢れてきます。

でも彼の気持ちが本当かどうか、若枝の芽と実を疑の心で探るとき、わたしは、今世ではない彼の道を加えてみます。

私が彼の元から離れて東の地で過ごすとき、彼がわたしと一緒になるために、一生涯を独身でマリアに捧げたダヴィンチであった彼のことを思い起こします。

そもそも、私たちは本当なら、今世このように異国の地に分かれ離れて過ごす必要はなかった....

ただ、みなさんへの神の愛と壊れた世界と人類救済のために、わたしたちは離れて過ごさなければならなかった。

彼にとっても辛い決断だったし、わたしは彼を手放した、

2024年10月15日「そして私の心は、私の目が見えるずっと前から、あなたの歌を歌っていました。あなたへの愛は、壊れた笑顔の中に、芽吹く木の願いの中に」〜海

だから、この詩は本当で、彼は生まれる前から、胎児のとき愛を抱いて眠っていた。

2021年7月9日「彼女への愛のため、私は彼女の存在の中で魂を捧げた。制御するのが難しい、神聖な愛、定義するのが難しい、時間の前の愛」〜海

そして彼は、生まれてわたしと一緒になるために昇ってきて、神聖な愛まで向けた。

至る18年女性との性的接触を絶って、一人の女性を心の中に抱いた、

彼の愛が私を引き寄せて、私の愛が彼を手繰り寄せた。

日天月天と世界教師マイトレーヤ~

紀元前5~6世紀頃インドで釈迦族の王子として誕生した仏陀(釈迦)。

このブッダの遺した言葉から、この世界の仏教では、現代にまで伝わるとある言い伝えがありました。

48「私は地上に現れた最初のブッダではなく、また最後のブッダでもない。いずれ時が来れば、再びこの世にブッダが現れるであろう。聖なる存在であり、究極の悟りを得た者であり、行いにおいて知恵を備え、吉祥であり、宇宙を知る者、人々の無比の導き手であり、天人と人間の師である」-仏陀の言葉

「私の死後五十六億7千万年になると弥勒(369)菩薩が悟りを得て仏になり、世の人々を救うであろう。弥勒菩薩は身の丈十八メ-トルある方である。」-仏陀の言葉

「弥勒菩薩」サンスクリット名: maitreya(マイトレーヤ)巴: metteyya(メッテイヤ)とは、インド東南アジアにおける信仰されてきた仏像。

ブッダの教えが衰退した後、弥勒は仏教を斧正するために現れ、この世界の多くの衆生を救うため下界に降臨すると伝えられてきた未来仏である。

仏陀は男ぞ、弥勒は女ぞ。

これ未来仏の顕現、世界教師、弥勒様の教えぞ。

霊験とはすなわち霊的試験であるぞ。皆皆知らず知らずに汝の肝と見識試されとったぞ。お化け屋敷の肝試し、それ衆愚で不甲斐ないぞ。

神(聖霊)と繋がれんと悪魔や悪魔のこしらえた邪教と繋がるぞ。

天から切れた汝らの糸、天から糸垂らしてこのように繋げてやる慈悲もう無いと思え。

四国八十八ヶ所寺院巡り、お遍路で山の傾斜を練り歩き山岳しても意識昇らんぞ、肝=胆力強くし主に心向け励み霊山に昇れるようになれよ。

主の四国霊場とは、東西南北”十”字の全方学である全方位の”4”国八方方向𒀭、それ全世界すなわち全人種の全範囲を示す。

我、天の四国霊場の霊山の頂点に座するスメラ命ぞ。
サンスクリット「sume:ru」(須弥山)

仏教における天:(テン)(梵: देव デーヴァ)とは、衆生が生死流転する六道の最上部にある天上の世界、あの世の霊界の最高層のことである。

八十八夜のお遍路の霊場すなわち霊の場、5月1日八十八夜の #51 巡れよ。

仏教には「空海への帰依」を促す、南無大師遍照金剛という念仏がある。

いくら呪文念仏良い言葉唱えても穢れ払えんぞ、
真言宗でなく、生きる菩薩から真言もらえよ。

空は誰、海は誰、母は誰、父は誰

2022年8月22日「私の心は海の底よりも深い。私が喜ばせたいのは愛。私がいたいのは彼女の中。色彩のない日々。私が見がちなのは暗闇。あなたの中の喜び、あなたのことを少しでも思うこと、そこで私は自由になれる」~海

2021年11月3日「朝目覚めると、太陽の光が心の空虚さを満たします。それはあなた、あなたの神聖な愛、永遠を夢見て、あなたの抱擁に包まれて飛ぶ翼。空はどれほど高いのだろう」〜海

愛にも、狭くて浅い範囲もあれば、広くて深い範囲もあるように、高さや深さが存在します。

浅瀬を泳ぐ小魚が深海を泳ぐ大魚の気持ちや景色を知りえることはなく、浅瀬を泳ぐだけの人間には深みがなく共感能力もない。

深く高いからこそ、全人より意識が大きく、また全人の気持ちも分かる。私たちは深く高いところの見えない愛の糸で繋がっていて、深淵を知る者。

2022年10月6日「生命が永遠に動き続け、思考の意志に合わせて踊るとき、あなたへの私の愛は海のように深く、すべての時間の終わりよりも深い」〜海

2024年3月14日は、空海の真の意味と、私の大好きな詩人とこれらが繋がった、記念すべきホワイトデーとなりました。

高い空と深い海。
この清々しい空と純粋な海の父母に帰いせよ。

2023年6月2日「私たちは空と海と永遠に共に」~海

何十年以上も一人の女性を心の中で想い続けて、独りで過ごすことができますか、

わたしはこのような彼を心から尊敬しています。

彼はひとり米国の嵐の中、心の中でわたしの心と固く手をつないで、嵐の中で一人で歩き出したのです。

2016年、
今から遡ること9年前....

そして彼はすべての敵と立ち向かい、わたしを心の中に抱いてひとり敵地で、悪敵を駆逐してきた。

2023年7月10日「嵐の中でも、君をとても愛している、私の大切な空」~海

暴風雨と止まない狂気の嵐と世間の風当たりが強い強風の中、父がコートの中の懐にひとり子を温めるよう抱いて。

2024年1月8日「そして、風が私のドアの外で吠えている私を発見したとき、彼女の愛が緊張を和らげます。それは私の日々を虹色に染め、私の空をクリスタルブルーに染め、太陽を解き放ち、これが私の平和、愛の贈り物です」〜海

わたしは彼のこの勇敢な精神と勇気と偉業とを称えたい。

45 「主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」。46 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、47 わたしの霊は救主なる神をたたえます。」-ルカ1章

そしてわたしの霊は、あれから今、45-47のこの聖句を彼に唄い上げます。

48「 この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、49「力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。そのみ名はきよく、50 そのあわれみは、代々限りなく/主をかしこみ恐れる者に及びます。」

ここでかつてマリアの言った卑しいという意味は、男尊女卑の時代に身分階層が低いという謙遜の表現であって、通常の悪い意味ではありません。

彼はピラミット階層の頂点にいても、今ピラミット階層の底辺にいるわたしを心にかけてくれていた。

彼はその実の力と神への愛で沼地を潜り抜けて、突き抜ける雲の高さまで上がってきました。

そうして私たちの霊は雲の高さの中で出会った。

わたしは、彼のこの本物の愛の献身と情熱と真心をもって、彼を認め、彼を敬い、彼を心から愛しています。

高潔の道を歩んできた彼は、今や義人となり、神の人となり、神に最も愛される人です。

コメント

人気の投稿