#09 天児屋根と古史古伝書の巻物



偽書か真書か~


ヨハネの黙示録5章-1


1「わたしはまた、御座にいますかたの右の手に、巻物があるのを見た。その内側にも外側にも字が書いてあって、七つの封印で封じてあった。」


ここでは、日本古代史の巻物を開いていきたいと思います。


今日の日本には、現代にまで普及して定着してきた、様々な日本神話の記紀や古史古文書の定説が見られます....


しかし残念ながら、主流な口伝や書物を含めて、多くが改竄や脚色がされています。


それゆえどれも信憑性に欠けており、どれも完全版とは言えません。


大きく歪められてしまったこれまでの偽りの歴史を正し、 真実に置き換えるには、それ以前の「超古代文明」に遡って、破棄された記録を復元して繋げなくてはなりません。


日本には、これまで “偽書扱い”され、葬り去られてきた”古史古伝書” がいくつかあります…


九鬼文書と宮下文書〜


そのうちのひとつに ”九鬼文書(くかみもんじょ)”があります。


そこでは、古代出雲王朝の正統性を主張していました。


この九鬼文書に記述されている古代出雲王朝については、私が先述した#07長髄彦の時代にも重なってくるでしょう。


ここで、九鬼文書の古代出雲王朝の主張が正しかったことが証明されました。


また、”宮下文書”と”竹内文書”は、日本の失われた歴史とも言える「ウガヤフキアエズ王朝」の存在を書き記していたようです。


しかしこの王朝の存在は、なぜか ”日本の記紀” の中では一切触れられておらず、別媒体では実在したとは考えられていないものともされています。


ウガヤフキアエズの王朝は、穢れた悪魔たちの手によって、幻の内に葬られてしまったようです....


氏神の傘下とキリスト茨の血気術〜


続いて現代に伝わる「九鬼文書」を見てみましょう。


天児屋根命(アメノコヤネノミコト) の時代に九鬼家の遠祖の手によって記され、この原文を ”藤原不比等” が漢字に書き改めたものを九鬼氏が保管したとされています。


しかし、この藤原不比等”藤原氏”は日本の縄文土着民ではなく渡来人であり、当時日本在住ではなかった外国人が、”神武天皇” 以前の古代日本王朝の伝統を正しく書き記せるはずがないのです…


大陸からやって来た渡来人であった彼らは、”天児屋根命らによる正本”を母国語の漢字で複写し、その後、日本に定住して帰化人となっていった彼らによって、歴史書が一部改竄捏造されていったと記されていなければおかしいのです。


彼らが日本の王家の伝統の歴史を残したくなかったのは、侵略者であったからです。


現代では、”藤原や中臣ら”の「祖神」が天児屋根ともされていますが、このように彼らは元々天児屋根命や九鬼氏とも同族ではありません。


渡来人である彼らが帰化して日本に定住後、”蘇我氏や物部氏” が  ”天児屋根命や太玉命” の「始祖の氏」を勝手に名乗り、氏族に背乗りしてきた不法移民だったのです。


違法な国家乗っ取りにも関わらず、彼らはそれをまるで仲良く和合して交わったかのように見せていた、というのが真実で正しい叙述になるでしょう。


ちなみに、この“蘇我氏”の氏祖は”竹内宿禰” であり、物部氏系譜の氏族の多くは”伊香色雄命”や”宇摩志麻遅命”を祖とし、あるいは”邇芸速日命”も始祖としています。


物部系の”伊香色雄命”という人物ですが、崇神朝(崇神天皇の朝廷)における重臣であり、また、“伊香色謎命”は崇神天皇の母ともされています…


しかし、このような部分を一部取り上げてみても、ここですでに系図が滅茶苦茶にされ、国家の背乗りと歴史の書き換えが行われてきたことが分かります。


彼ら渡来系の一族は、完全な不法移民の破壊者や侵略者であったのです。


“祟り神”に関する見解は#07で少し触れましたが、つまり、神武天皇がこの崇神天皇でもあるのです。


神武~崇神~応神~....、神という漢字がついていますが、どれも神ではありません。


また、天皇という敬称もそうですが、彼らは自称、天皇です。


彼らは実際には、神に認められていた真の皇の血統でも、血族でも、同胞でも、同族でもありませんでした。


蛭子こと神武崇神は、侵略後に自らの名前や称号を自分に都合よく取り込み改竄しながら、自分自身の一代の行為を複数人に分散させたりしていました。


彼らは自らの悪の仕業を隠すために名前を増やし、”代”が変わって本人ではなく子孫たちが行なった様にみせたり、系図や称号を書き加えて滅茶苦茶にしたのです…


これらの悪しき手によって、今日まで日本史の根幹が失われるほどの、大きな深刻な問題と影響と害悪を及ぼしました。


❝ 聖人の名を汚して死人に背乗りし、違法に天の傘下に入った大罪人達よ。


日本の氏には蛭子という蛆(ウジ)が湧き、氏(ウジ)も人も汚染された。


蘇りしキリストの名によって、お前達はこれから日本で生地獄を味わうといい。❞


ヨハネの黙示録5章


9 「彼らは、新しい歌を歌って言った。/「あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、


10 「私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。」


宮下文書〜


また、他の古代史の偽書とされている文献に「(総称)宮下文書」があります。


原本は富士山阿蘇山大噴火や大洪水により流失し、さらには富士山元宮大神宮に保管されていた写しも”足利氏”により焼却されたりしながらも、宮下家の蔵から資料が発見された書物です。


富士山北麓の浅間神社宮司を務めた宮下家に伝わるとされる古文書には、9千年に渡る人類の歴史が記されていたとも言われています。


明見村で発見されたこれらの膨大な資料から、後の大正時代に別個編纂されたものが世に公開され、日本のIQトップであった当時の東大教授の学識有識者や政界の有力者たちが集まり、財団法人を設立してまで調査をしたようです....


しかし、一年かけてくまなく調査した上で ”偽書認定”という判定を下されています。


現代までに伝わる宮下文書も、今では ”徐福” が編算して纏め上げたものとされていますが、これも正確な叙述とは言えません。


正しく記すのであれば、中国から来訪した秦系渡来人である徐福が、正本を複写した後に日本で帰化人となり、やがて巻物を我が物にして編算という名の改竄を書き加えながら、都合よく悪用していったと記されなければなりません。


竹内文書と茨の道〜


また、冒頭に取り上げた「竹内文書」ですが、「茨城系竹内文書」や「正統竹内文書」など複数あり…、いくつか枝分かれして纏められてきたようです。


まず、昭和10年に公開された 「竹内巨麿」によって編纂された「竹内古文書」ですが、これは古事記以前の歴史書ということで、当時話題や憶測を呼んだようです。


この「竹内古文書」の出所ですが、元々は城県原町(現城市)にある皇祖皇太神宮の竹内家に伝わるものであったようです。


この竹内巨麿氏は自ら新郷村を訪れて、日本でモーゼの墓やキリストの墓を発見したという話もネット上で僅かに残されています…


しかし、この竹内巨麿が公開した”竹内文書”は、当時突拍子もない仮説やでっち上げの偽書だと認定され、彼は後に無罪釈放とされるものの、詐欺罪に問われ逮捕までされてここで封じられています。


弾圧後没収されたものは手元に返還されず、東京大空襲により全て焼失してしまったと言われている葬り去られた書物です....


ヨハネの黙示録5章


8 「巻物を受けとった時、四つの生き物と二十四人の長老とは、おのおの、立琴と、香の満ちている金の鉢とを手に持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖徒の祈である。」


❝ 茨の道は長いが薔薇色への道、しかしわたしは死してもキリストの使者たちをまた蘇らせ、将来彼を高く据え置き、彼の名も永遠に残す。❞


本当に正しかった竹内文書とは〜


そのため現代まで伝わってきたのが、もう一つの竹内文書である「正統竹内文書」になります。


しかしこれは、”竹内宿禰”を先祖とする子孫や後継者たちが、代々口頭で受け継いだ大化改新時や南朝天皇家における”口伝”を纏めた書物です。


この竹内宿禰という人物ですが、彼は”徐福”を大変に慕い、日本初の大臣として5代も天皇に仕えて君臨したという伝説上の謎の人物で、300歳以上生きたともいわれる奇妙な人物です…


しかし、300年以上も一人の人間が生きれるはずがなく、彼らの歴史はもはや絵空事となっています。


九鬼文書で上述した藤原不比等ですが、彼の父が中臣鎌足であり、彼らがやがて日本の権力者として大きな実権を握っていく流れになります…


古来日本の古文書が大きく歪まされる要因となった最初の根本的な出来事は、いずれも悪しき計略を企んだ ”渡来人の侵略者” が王座に就いたことから始まりました。


それにより、古代日本人達が精魂込めて書き残した大切な「日本の正規の古伝書」には改竄が加えられ、日本の真実の歴史は損なわれました…


彼らの「正統竹内文書」は、正統、と文字だけでつけていただけで、彼らは正統でも正統性も、なかったのです。


従って、本当に ”正しい正統なる竹内文書”とは、古代日本の系図を復元させようと試みて世に公開し、闇側の手によって葬られてしまった竹内巨麿側の「茨城系竹内文書」の方であったでしょう。


それからまた別の時代で、さらに改竄に改竄が重ねられ、現在にまで至る竹内文書や記紀や古史古伝が残されています…


ですから、古代の本物の日本人たちが纏め書き記した”正規の古史古文書”さえも、すでに多くが改竄されており、現代では渡来人が纏め上げ書き記した彼らの功績のようにされているため、決して完全版とは言えません。


しかしながら、これまで 偽書認定されてきた”古史古伝”については、現代で公に認定されているメジャーな日本記紀よりは、はるかに多くの日本の真実の歴史の場面を含んでいるものと思われます。


魂の中で生きる巻物を開く〜


ヨハネの黙示録5章2-4


2「 また私は、ひとりの強い御使いが、大声でふれ広めて、「巻き物を開いて、封印を解くのにふさわしい者はだれか」と言っているのを見た。」


これまで世間で権威あると言われてきた、最高学歴の歴史研究家や学識者や考古学者たちも、一生をかけても真実に辿り着けず、ほとんどが役に立ちませんでした。


ちなみに、ここで手短に私の略歴について申し上げれば、高校卒業後は2年間の専門学校を卒業し、大学も通っておらずまた歴史専攻科でもありません。


歴史は好きで興味はあれど、歴史の本も殆ど読んだことがないというのが、これまでのリアルな実態です。


誰が巻物を開くことができるのか....


4 「巻き物を開くのにも、見るのにも、ふさわしい者がだれも見つからなかったので、私は激しく泣いていた。」


そこで最も手掛かりとなるのは、神の内なる魂からの ”真実”や”勘覚”や”直観” だけです。


膨大に歪められてきた玉石混交状態の史書や情報が錯綜する中で、どれだけクリアな意識の霊の目を持って正しく繋げられるかが鍵となります。


世間ではインターネット上で、どのような情報が広げられているかを見るときのサイトのひとつに、ウィキペディアがあります。


通称:Wikiは、これまで世間から偽情報サイトと言われてきましたが、最終更新日をみていくと、どうやら世論の動向や小生の情報に基づいて少しずつ修正しているようです....


わたしが公開する情報によって、歴史観が根本的かつ広範囲にわたって多くが見直され、これまでの偽りの世界史や歴史書もようやく修正されていくことでしょう。


巻物が少しずつ紐解かれ、真実が明らかになるにつれて、誰が真実を記してきたか、誰が虚偽を記してきたかが、益々問われることとなります。


また、ここには取り上げられないほど多くの書物や情報があるかと思います。


生きる女神の書がこの世に現れるまで、神の真実に即し、真実を述べ記していた者たちは、彼らの実力として認められ、天からの祝福に値します。


3 「しかし、天にも、地にも、地の下にも、だれひとりその巻き物を開くことのできる者はなく、見ることのできる者もいなかった。」



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