#04 馬と鹿と天の網


 
馬と鹿の本当の語源〜

誰もがみんな「原初の神」の存在が目に見えなくなっていました。私自身もまた我を忘れて現代を生きていました。

しかし、徐々に過去世の感覚や記憶を取り戻していったのです…

日本語では、愚かなことを意味する言葉を漢字で「馬鹿」と書きます。この字には、馬と鹿の字が使われています。

日本人なら誰もが普段から使っている言葉で、どこでも当たり前の様にして使われている常用漢字です。

“馬鹿”にあてられている漢字は「馬」と「鹿」ですが、これらの動物は、かつては 神の象徴 や御使いとして、非常に大切にされて可愛がられていました。


日本の神社や諏訪大社等にも、鹿の首の剥製が壁にかけられていますが、実はこれは、非常に気味の悪い不吉な壁掛けなのです…


「神の象徴」ともされていた動物の首を切って飾るとは、誠に不敬で野蛮な行為であって、これらは侵略者側による”神の晒し首”を意味するものです…


「鹿」の話しは #01とも繋がってきますが、九州の福岡市には「海神の総本山」と呼ばれている志賀海神社があります。


この境内の鹿角堂には、金網に囲まれた檻の中に「鹿の角」が大量に納められていますが、これらも「神民狩り」を意味しています…


これらは日本の「ナフタリ系神民」を討伐したという、当時の侵略者である権力者たちによって誇示された、優越的行為による見せしめに過ぎないのです。


神民ナフタリの侵略の野蛮人〜


「輒灼骨而卜、以占吉凶」-魏志倭人伝の一節


#05現代での記録を見ると、卑弥呼は(骨を焼き、割れ目を見て吉凶を占う)、卜術をよく行う巫女シャーマンとされています….


しかし私は、鹿や馬を殺生したり、占いのために動物の肩甲骨やの甲羅を焼くことや、また神のシンボルともされていた動物の首を壁にかけるなど、野蛮な邪道行為は決して行いません。


申命記 18章

10 「あなたのうちには、自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占いをする者、まじない師、呪術師、魔女、11 「呪術師、口寄せ、呪術師、降霊術師、12 「これらのことを行う者はすべて主の忌まわしいものである。これらの忌まわしいことのゆえに、あなたの神、主は彼らをあなたの前から追い払われる」


このような「邪道」や「ト術」などを行なっていたのは、日本を侵略した侵略移民の方であって、それらは、極悪非道で残忍な秦(中国)系渡来人新羅朝鮮などの悪しき者たちの手によるものです。


26「あなたがたは魔術を使ってはならないし、占いをしてもならない」-レビ記19章


「日巫女」亡き後~現代まで、その貢献や功績には血と泥が塗られ、悪魔側の侵略者達によって為された彼らの汚職や汚名までもが勝手にMIXされた、滅茶苦茶な史実へと変えられてしまいました。


天をも恐れぬこれらの強欲非道な悪魔の支配者たちによって、「本当の神」も「神の民」の生命も名誉も財産も根こそぎ奪われ、歴史の真実も改竄されたまま今日までバカにされてきました。


これを知った日本の皆さんは、本日からバカに「馬と鹿」の漢字や絵文字をあてることをまずは改めていってもらいたいと思います。

今なお続いている日本慣例の奉納や伝統行事も、不快で不吉なものが多く現存しており、悪魔側からすれば人々をせせら笑っていたことでしょう。


日本国民が本当の真実を知れば、このような全ての冒涜行為を容認したり許さないとは思います。


しかし、皆さんの多くは過去世を完全に忘れて生きていますから、これも他人事のように聞こえるかもしれません。


悲しくも何千年にも渡って「神の民」もバラバラにされたまま現在に至り、日本の人々も歴史書も全てが玉石混淆状態となっています。


天網恢恢疎にして漏らさず〜


天は、悪事を見過ごしたり見逃したりはしない…


この諺は、悪事を行えば必ず捕らえられ、やがて天罰をこうむるという意味で、現代では 「道教の始祖である老子」の言葉 として知られています…


天や神への信仰が窺える良い諺ですが、これも「李子(朝鮮人)」が 水牛たちに背乗りしている描写が伺えます…


性悪説を説いてきた荀子に対して、

性善説を説いてきた孟子がいます。


中国の歴史において「偉大な思想家」として相応しいことを行なって来たのは、果たして誰であったでしょうか。


「老子」は、牡牛に乗った姿の絵画で知られています。


しかし私がこれから述べる「老子」とは、現代で一般的に認知されている 「道教を説いた老子」のことではありません。


まずこの「水牛」の意味合いですが、これは「原初の老子の存在」のシンボル的な「良い牡牛」を表しています。


神農は、古代中国に農業を教え、その姿は雄牛の角を持った人型として描かれています。


また「蛇」とも描写されている原初の「伏羲」と「原初の老子」の両者は、時代を変えた同一人物。


福禄寿(ふくろくじゅ)は、道教に由来する、幸福・財宝・長寿を司る神として知られている。


日本の七福神の一つ。


中国の道教で、人生における三大理想とされる「福」「禄」「寿」の三徳を具現化した神。


賢い蛇とブーメランの法則~


創世記1章

1「はじめに神は天と地とを創造された。」


中国の最始祖、「伏羲」と「女媧」。


人類の創造神話や天地修復者として知られ、古代中国史にも残されています。


象徴は男女が絡み合った蛇のような「人首蛇体」の姿で表されていますが、堕落した悪い蛇ではなく、男性神と女性神を一体化した上昇や賢さが示されている良い蛇のモチーフです。


また、日本でも「蛇」をモチーフとしているどぐろを巻く蛇の象徴とは宇賀神のことです。


”蛇のように賢く”...


れは日本神話にも登場する宇迦之御魂神(うかのみたま)のことである。


日本で蛇の女神は、弁財天と呼ばれるインドの水の女神で、日本に伝わったときに宇迦御魂神と習合し、人頭に蛇身の姿の神で描かれてきました。


 福徳・学問・音楽・芸能など、万能の神としても知られています。


「ヘビ」は「サタン」や「地を這う邪悪な蛇」とも同一視され、私はよく悪人たちを蛇と揶揄します。


しかし伏羲と女媧は、堕落した性的不品行の蛇のシンボルではありません。


それは当時「上昇(アセンション)」や「賢さ」を表すシンボルの意味合いでの象徴として用いられていたのです。


「蛇」の象徴や意味合いも、原初と中世や後世では、全く異なる二つの真逆の意味があることを知らねばなりません。


また、伏羲と女媧の息子が神農になりますが、彼は中国の古伝説上の帝王として、医療や農耕や林業の神として中国神話に名前が遺されています。


この「神農」は、その時代の私たちの息子であり、現在彼は私の実の父です。


 ”天網恢恢疎にして漏らさず” 


我々や原初の老子たちが超古代中国を後にして、その死後、中国に住む李子たちが「原初の老子」の名前やこのことわざまで、後世の「道教の老子」が我者として奪っていたようです…


彼らは古代中国の孔子の「儒教」の教えや思想も曲仁(歪めて)し、新たに「道教」という道理や真理から外れた歪んだ新しい宗派を創り上げ、中国三大宗教の1つに加えていきました。


このような背景から「原初の老子」と「道教の老子」とは全く別々の人間であり、老子思想や中国史も ”原初” と ”現代” では、全く異なる存在から成っているものとして考えなければなりません。


また、性善説を説えた孟子も、思想の影響を受けた元を辿れば孔子になりますが、彼は孔子の「仁」をよく学んで正しく取り入れ、それらを継承しようとしていたことが分かります。


「天の張る網は広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない」


各々が天に投げたことは、いずれ自らの元に返ってくるでしょう。


“ 見過ごされたと思っても、何千年、何万年を渡っても返ってくる天からのブーメラン。これが本当の天網恢恢疎にして漏らさずだ。”

過去から現在に至るまで、散々天をバカにして大罪を犯しておきながら天罰を逃れてきた者たちにも、余すこと無く天罰が下される。


これまで神民を惑わせてバカにしてきた人間たちも、もう、これからは日本の土地を大手を振って歩けなくなるでしょう。



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